大野尚の沸騰コラム

「マーケット」  

「マーケット」    2018年7月号 大野 尚

 

ビジネスの成功に必要なのはお客です。

お客(買ってくれる人)がいなければビジネス、敢えて言うなら商売
成り立ちません。

そのお客を見つけるために皆苦労します。

 

良いプロダクト(商品・サービス・技術等)なのに売れないと嘆きがちです。

そもそもお客とは何だろう? 

買ってくれる人。一人じゃ困ります。

 

お客が集まる場所は・・・

人の集まる「市場」 そう、英語で「マーケット」です。

ラテン語で「MARCATUS」=「商う」が語源だと言われています。

 

市場を表す言葉は、

伊語で「メルカート」

仏語で「マルシェ」

西語で「メルカド」

独語で「マルクト」

といずれもラテン語が由来です。 

また、アラビア語圏では「スーク」で、中東やインドでは「バザール」と言います。

因みに沖縄では「マチグァー」と言います。

これは(あいだ)(ミチ)と書いて「()()」と言うところから来ているのではないかと
勝手に僕は想像しています。

考えてみると日本の商店街は殆どが道の両並びに構える商店の集合体です。

 

話は変わりますが、15年ほど前にウズベキスタンを旅行しました。

「青の都」と呼ばれる千夜一夜物語の舞台となったサマルカンドは
紀元前10世紀頃から砂漠のオアシス都市として栄えたところです。

 

その世界遺産に登録された町の見どころはティムール王国を一代で
築き上げた王ティムールが創り上げた建築物(モスク・霊廟)も
美しく見応え十分ですが、それよりも私は無類の市場好きです。

旅に出れば必ずその場所の市場に訪れています。 

 

当然の様にサマルカンドでも街の中心にある
シヤブ・バザールにも立ち寄りました。

円形のドーム型をした市場の中には様々なモノが売っています。

多くの人々が集まってとても賑やかです。

 

ふと、意識が消え、思わず夢心地で想像の世界に入り込んでしまいました・・・

 

日中は太陽の強烈な陽炎(かげろう)に夜は月明かりと香しき香木を焚く煙に揺らめく
妖しいアラビアンナイトの世界に遥々と山を越え、砂漠を超え、大河を渡り
様々な国から訪れた人々。
 

東方の中国から南方のインドから西方のヨーロッパから、また、厳しい
山間部・広大な草原を行き交う遊牧民族も隊商(キャラバン)の一団も
東西南北からオアシスの市に集まってくる。

 

待っているのはオアシス近辺に定住する農耕民族です。
彼らは米や野菜・小麦粉に自分たちが紡いで編んだ敷物や衣服・香料や
香辛料・彩色豊かなドライフルーツ・肉に野菜に寒暖差のお陰でジュー
シーな甘みを湛えたスイカにメロン、土窯で焼き上げたサマルカンドナン
と言われるパン。

 

・・・最初は水辺の土地に行き交う人々が水を求め休息の場となり、食を
求めれば食を提供するものが現れ、病で倒れれば治療を施すものが現れ、
金が足りなければ貸すものが現れ、必要に応じて提供するものが次から次へ
と現れていったのです。

 

物々交換から始まった小さな取引の「場」が
多くの人々が集う事で市場となったのです。

 

小さな個人対個人のモノの交換という取引が様々なモノと多くの人々と
行われることにより、「市」の拡大が続き、個人から専業として商店と
なり、儲かるものには競合が生まれ、もっと良い商品を、もっと良い価格で、
もっと喜んで貰えるサービスを、手を変え品を変え、より目立つように、
より便利な場所へと、事業意欲は高まっていったのでしょう。 

 

・・・それから数千年後、

現在のビジネスは大きな変革を遂げたのでしょうか?

 

先日、上場したシェアリングエコノミーアプリを提供する「メルカリ」、
時価総額6000億円を超える大商いとなりましたが、このメルカリは
新たな市場をネット上に創り上げたのです。

まさに、個人と個人が所有するものを売り買いする仲介アプリです。

 

聞くところによると社名の「メルカリ」はラテン語由来の「商いをする」に由来して

おり、「マーケット」も同じ起源です。

 

オアシスの土地に生まれた小さなバザールがネット上に生まれ変わったのです。

 

もう一度、原点に戻って買う客がいなくなったにではなく客が購入したくなるプロ

ダクトの創造を真剣に考えてみませんか?

 

 

 

「ジョージア見聞録」  

「ジョージア見聞録」    2018年6月号

 

レイ・チャールズのカバー曲として世界的にヒットした

「我が心のジョージア」

ステート・オブ・ジョージア(ジョージア州)の事ではない。

 

余分な説明が長くなったが、この度、大関昇進を果たした

「栃ノ心」の故郷、旧グルジア共和国の事である。

 

ジョージアを含む古代イベリア王国は、大変スポーツに熱心な国で

今でもラグビー・レスリング・重量挙げに柔道が国民に人気が高く

男たちはプーチン顔(個人的感想です。)の屈強な体格が多い。

 

基本情報として、国土は北海道より一回り大きく、

そこに400万人弱の人々が暮らしています。

通貨はGEL(グルジアラリで1ラリは約44円です。)、

因みに平均年収は日本円で35万円から50万円です。

 

この所得の差が大きなビジネスのチャンスを創造します。

 

カントリー・オブ・ジョージアを3・5泊6日間と言う

誠に歯切れの悪い宿泊数で旅をした。

 

行程は、

福岡 ~ 羽田 ~ ドーハ ~ バクー ~ トビリシ。

 

おもてなしの心溢れるカタール航空の利用です。

 

帰りは、

トビリシ ~ ドーハ ~ 羽田。

 

深夜着なので一泊してから福岡である。

 

往路で「バクー」と言う、ヒトを喰ったような、

いや夢を喰ったような「アゼルバイジャン」を経由する。

 

もともと、この辺りはカスピ海と黒海周辺の

旧ソ連連邦の南コーカサスである。

  

その南コーカサスにある昔の名前を変えた

「ジョージア」に次の3つの事で興味をもった。

 

1.世界一美女の多い国である。と言われている。

「うーぅん、どうかなぁ?」

まぁ、我が故郷「福岡」の方が・・・

これは、場所によって美女達の出没率の違いに気づいた。

 

メインストリートのルスタヴェリ大通り(東京で言う銀座通り)は

美女だらけだった。

 

僕が最初に歩いた場所がかなりの下町だったみたい。

 

2.なぜ?国名は変わったのか?

ロシア語由来のグルド人の土地「グルジスタン」から転訛した

「グルジア」が、ソ連邦解体により再度の独立を果たし、

元々多数民族であった「カルトヴェリ」語族の自国名「サカルトヴェロ」の

英語表記名のジョージアになったということですが、

我が旅の運転手カルトヴェリ人「ニカ」さんによると

「我々はロシア嫌い、だから英語表記のジョージアにした。」

・・・簡単明瞭である。

 

 

3.かの独裁者スターリンが生まれた場所とは?

ソ連時代の独裁者を生んだ国、さぞかし・・・

出会った人々はホスピタリティ溢れ

フレンドリィで優しく特に親日的な印象を受けた。

 

首都のトビリシ市内も郊外のムツヘタもシグナギや

カズベキ町も治安の悪さは感じなかった。

 

到着日は、ホテルでゆっくり過ごし、翌日から、

依頼した運転手「ニカ」さん(英語堪能)が かっ飛ばす三菱車で

500以上のワイナリーが点在するカヘティ地方の観光へ。

 

ワイン発祥の地とも言われるジョージアワインは地中に掘った穴に

埋めた壺で発酵・壺に蓋をして熟成させる古代製法を続けている。

 

8000年前から変わらぬ世界無形文化遺産に登録された

製法のワインの味は・・・正直なところ不味くはないが、

美味くはないが飲み続ければ間違いなく病みつきになりそう。

 

近代製法のヨーロッパ式製法で造られたワインは口当たりは良く、

コスパはチリワイン以上に優れものですね。

(あくまでも個人の感想です。)

 

二日目は、ジュワリ教会の見学をして軍用道路(ロシアまで伸びてます。)

を通ってジンワリダム湖で休憩、この辺は道路沿いにハニー(蜂蜜)の売店が

点在しています。

 

高地の美しい空気の無農薬の花の蜜を吸った蜂のハニーは甘く、

これをヨーグルトに加えて食べるのが健康と長生きの秘訣だと

現地のコーカサス人のおばちゃん達が一生懸命語ってくれました。

 

次に、アナヌリ要塞からグダウリスキ~カズベキ町。

ここで4WD車に乗り換えて山道の悪路を進むと世界遺産の

ツミンダサメバ修道院に。

 

「ウワッア!!最高!!」

 

標高2170mのクヴェミムタ山の頂上に立つ教会は雲の中の

天空に浮かぶ様に見る事が出来ます。

 

もちろん、そこからの眺めも最高です。

 

帰りに小さなローカルレストランで食べた・・

ジョージア風小籠包“ヒンカリ”肉汁たっぷりの熱々の

それは頬が落ちるほど美味かった!!

 

それから、レストランでは“ヒンカリ”ばかり食すほど病みつきになりました。

 

語れば語るほど面白い!!

 

国ジョージア、皆さまも行ってみませんか?

 

 

 

「促す!」  

「促す!」    2018年5月号 大野 尚

 

 本年4月より事業構想大学院大学で客員教授として

社会人向けに「イノベーションの発想」という科目を

受け持っている。

 

また、12年前から福岡大学経済学部において非常勤講師として

「産業戦略論」と言う講義を毎週月曜日に二コマ続けている。

 

講義の一コマ目は僕からのアウトプット(各事例)を含めて

出来るだけ分かりやすく、皆が当事者として物事を考えられる

ように意識出来るように教えるのではなく促しています。

 

 

僕は専門的に学問として「経済学」を勉強したことがありません。

 

25歳から47歳までは小さなベンチャーにアルバイトとして入社し、

ビラ配りの一兵卒から一部上場企業の役員を担うまで叩き上げてきました。

 

知らない!分からない!

 

厚い壁・高い壁・困難な壁を多くの難題を数多くの失敗を繰り返しながら

トップの理念と後姿を追いながら実体験として過ごしてきました。

 

また、独立してからは様々な業態の企業様にコンサルタントとして

携わってきました。

 

同時に年に5回から6回は世界を歩きリアルな現実と

状況を嗅ぎまわってきました。

 

更に12年続くラジオ番組のパーソナリティーとして各界の著名人や

専門家にインタビューを行い、より専門的見地での見解や物事の本質を

より深く広く問うて多くの事を学ばせて頂きました。

 

もちろん、読書も積読ではなく積極的にあらゆるジャンルを

読みまくっています。

 

映画は飛行機の中で年間50本以上視ています。

 

その経験と自ら学んだものをベースにイメージして変化するモノを

見極めています。学んだ事をアウトプットするのではありません。

 

あくまでも受講生自らが考え、未来を予測出来る力と、どんな困難に

遭遇しても突破出来る実行力を身に付けて貰う事が僕の講義です。

 

だから、楽しくて・楽しくて皆に促しています。

 

僕は彼らの成績を付ける事が目的ではなく、

未来を創造する実行力のある人づくりをしているのです。

 

 

「スタート」

「スタート」    2018年4月号

 

4月に入りました。新年度のスタートです。

スーツに着られている新入社員の多くが

右往左往・ワクワクドキドキ気持ちを高ぶらせて

走りまわっているのかなぁ?

 

・・・それとも花見の場所取りか?

 

研修中なのかもしれない。・・・

 

 

僕は新入社員の経験がありません。

卒業イコール就職の道を選択しませんでした。

学生時代からアルバイト先で知り合った音楽事務所で

働くことになっていました。

 

学生でありツアーマネージャーであり何でもやる下働きでした。

 

卒業後、1年近く働きましたが敢無く挫折。

肉体労働のバイトで金を稼ぎ、

アメリカの大学を目指しましたが挫折。

 

目に飛び込んできた電柱に張られた薄汚れたポスターの

「世界一周19万円8千円」・・・

「これだ!」とヨーロッパへ旅立ちました。

・・・紆余曲折・波乱万丈・有為転変と渡り歩いて40年・・・

 

多くの失敗が数多くのチャンスを掴むヒントになりました。

挫折が新たな転機となり道を創ってくれました。

 

「素直であれ!」→「スピード!」→「知らない事はポテンシャル。」

 

→「学べ‼」→「インプット&アウトプット」

 

→「上手い人の真似をする。」→「量稽古(繰り返し)」

 

→「ロジカル思考」→「溜めるな!」→「吐き出せ!」

 

→人は強くない・でも弱くない!だから大丈夫。

 

私事ですが、今まで毎週金曜日に務めておりました

rkbテレビ「今日感テレビ」のコメンテーターが

4月より水曜日に変わります。

(4月・5月は時に火曜日・金曜日と変則的です。)

 

パーソナリティを務めておりましたrkbラジオ毎週日曜日の

「こだわりハーフタイム」が野球シーズ中はお休みとなります。

10月からの再スタートとなります。

 

新たにrkbラジオ「櫻井浩二インサイト」に

木曜日の朝8時37分前後にコメンテーターとして登場します。

更に、事業構想大学院大学で客員教授として講義を受け持ちます。

 

本年還暦を迎えます。

40年前の思いを新たに次のステップ65歳まで、

楽しんで自らのペース配分で完走します。

 

 

「内部の敵を戦力に変える!」

 「内部の敵を戦力に変える!」  2018年3月号

 

組織は厄介なものだ!

本来であれば、社内のシーズ(ナレッジ・ノウハウ

・歴史・モノ・コト・情報・お金等)の強みを活かし

結合し、ヒトの力を最大化させた総合力でベクトルを

一致させ目標達成に向かうのが、あるべき姿であるはずだが・・・

 

残念なことに多くの組織が内部の敵に翻弄され力が分散され

時間・お金・人のエネルギーを無駄な事に使っている。

 

内部の多くの問題は「人」である。

役員や上司への忖度・上司からのパワハラやモラハラに

セクハラ・些細な人間関係の捻じれから生じた派閥や仲間割れ、

・・・殆どが個人の嫉妬心や虚栄心。

プライドとは言えない自惚れや驕りから来る自尊心。更に曲がった

執着心に異常なまでの敵対心に劣等感や優越感がごちゃ混ぜになった

負のエネルギーが組織の中を席捲する。

 

疑心暗鬼に懐疑心に猜疑心

権力者や影響力のある「人」の負のエネルギーを正しい方向に

向かわせるには・・・

組織内の倫理感を強く求める事は当然だが、間違った事に正しく

判断し声を上げて質す強い信念と折れない気概が持ったそれなりに

影響力のある役職を持った「個人」。

又は、結束力のある「集団」が存在しなければならない。

 

内部の敵を味方に変える!

  • 聞く・聴く・訊く → しっかりと受け止めて頷いて最後まで話を訊く

◯褒める! → 良いところを見つけて褒める。噂にして褒める。

◯合理性 → 目標・目的の達成の為の遣るべきことを明確にする。

◯明るく元気な声で常に挨拶 → 不思議な事に負のエネルギーは明るさや

元気さが苦手なものだ。大きな声で回りに聞かれることも苦手なものだ。

 

それでも駄目なら・・・自らトップになれ!!

 

 

「隙間こそチャンス」  

隙間こそチャンス    2018年2月号

 

沢木耕太郎の深夜特急もテレビ放送「進め!電波少年」の

「猿岩石」や「ドロンズ」の世界を

ヒッチハイクで歩く旅などない時代、

もちろん、旅人ご用達の「地球の歩き方」も出版されてない

1970年代中頃からポツポツと

格安航空券を売る旅行会社?が現れ始めました。

・・・当時は旅行業の登録もない怪しい会社も多く

ありました。

 

40年から50年前は海外旅行と言えばパッケージ旅行か

グループ旅行。

または法人の業務渡航か大学の先生たちの学会でした。

 

50年前の1968年のハワイのツアーは40万円前後、

ヨーロッパツアーは70万円前後もしました。

1968年代当時の大卒の初任給が3万円前後だったので、

今の価格だとハワイ旅行で300万円前後、

ヨーロッパでは700万円となります。

庶民の手には届かない高値の華でした。

 

・・・その隙間が「格安航空券」

・・・安くすれば需要がある。

・・・チャーター機を除き、航空機は定期運送が

条件だった時代。

 

空席は空気を運んでいるだけになる。

 

詳細な仕組みは省きますがが、航空会社は少しでも

多くの乗客を乗せたい。お客は安く乗りたい。

売れない席を埋めるために「格安航空券」は

生まれました。

 

利害の一致がビジネスモデルを創造したことになりました。

 

今では、あらゆる隙間を埋めるビジネスが世間に溢れています。

 

ネットの時代だからこそ”シェアリングエコノミー”の

潮流から生まれた「ライドシェア」。

一般人が自らの自家用車と使って乗客を運ぶ「UberX」、

今のところ日本では白タクで違法となります。

同じ様に民泊の「AirBnb」も空き部屋の提供です。

求めるニーズの高まりと数が多くなれば、

いずれも合法となる日が近い筈です。

 

さて、皆さんの周りにも多くの「隙間」があるはずです。

アイデアが浮かばない!新しいビジネスを構築する以前に、

簡単に見つかる隙間を埋めてみては如何ですか?

 

時間の隙間、24時間は誰もが与えられた共通のモノです。

無駄に使っていませんか?

 

空間の隙間、不必要なモノが置いてある。整理すれば、

新たなスペースが生まれます。

 

予算の隙間、足し算での達成ではなく、

引き算で考えてみては如何ですか?

 

使うから活かす。

 

人員の隙間、適材適所・相性・得手不得手の人員配置こそ

最大のパフォーマンスを生みます。

 

「隙間」ニッチとも言われます。

 

身近なところに多くの隙間が見え隠れします。

 

中古住宅と言う「空き家」対策での隙間利用。休耕地の利用。

定年退職者の活用。多忙・閑暇の差も隙間です。

多くの印刷会社と契約をし、仕事が途切れた時に利用して

安く印刷を行う仕組みのビジネスも生まれています。

 

「隙間」はあなたの身近に存在します。

 

「困った事」「上手く言った事」「捨てる・欲しいもの」

「経験・未経験」「勘やコツと言う暗黙知・マニュアルと

言う形式知」も全てが利用できる「隙間」なります。

 

探してみませんか? 

 

常にイノベーションは異業種や異常識の考えで生まれ実行に

よって育っていきます。

 

 

「不便な生き方」  

不便な生き方    2018年1月号

 

若いころイタリアで生活をしていた。

最初に下宿したところは、パパと息子が工場労働者で

ママは専業主婦。住まいも一般的な集合住宅で収入も

標準的な家庭であったと思う。

 

彼ら(パパと息子)は朝の5時には起きて一人で夫々が

朝食を取り6時には職場に向かっていた。

 

ママも数人の下宿人を抱えているため、朝6時には起きだし

洗濯・掃除・僕ら下宿人の為の朝食の準備に買出しを行い、

昼にはパパと息子が昼食の為に一時帰宅するのでその準備、

また、掃除に洗濯、15時にエスプレッソコーヒーと

甘めのドルチェで一息ついて夕食の準備を始める。

本当に朝から晩まで目が回る忙しさでテキパキと働いていた。

 

僕ら下宿人は朝から夕方までは学校へ行き、

終われば友人たちとカフェでお喋り。

とぼとぼ歩きながらのウィンドショッピングで時間を潰し、

19時の晩飯までの時間はトワイライトブルーの

暮れなずむ街並みに溶け込んで過ごしていた。

 

紙パックの赤ワインで乾杯「サルーテ」で始まる夕食は、

下宿人の僕らも家族の一員として、

「あぁだ!こうだ!何がどうした!」政治から宗教、

エロ話に至る四方山名話に興じ、度が過ぎるとママが怒りだし、

パパは箒の柄で小突かれていた。

 

小柄で如何にもイタリア人的体系の「太っちょ」の短気で

お人よしの夫婦の楽しみは週末の山小屋での滞在。

 

一度、週末の山小屋に誘われたことがある。

フィレンツエの自宅アパートから車で4時間。

なだらかな丘陵地帯の小さな村を幾つも通り越したところに

その小屋はあった。

・・・ママもパパも、いつも僕らに「ポーベロミー/貧しい私」

と呪文の様に繰り返し言っていたので、

粗末な小屋を想像していたが、確かに古いが100坪越えの

石造りの中々の邸宅である。

 

人口500人の小さな村の小高い丘の上に立つその家の周りには

数件の家があるだけ、見渡せばトスカーナの丘陵にオリーブの

木々が点在し、放牧された羊や山羊・牛が遊ぶ。

遥か彼方を見渡しても青い空に白い雲が広がるだけ。

村には一軒のバルと教会しかない。

約百数十軒の家々はマロニエ木立の中にあって

山小屋?風邸宅の窓からは埋もれてしまっている。

 

山小屋邸宅には水道はもちろん無い!

庭の隅の井戸に水くみに行く。何度も行く。トイレも外にあった。

寒くても雨が降っても外に行く。テレビの電波も届かない。

電話も村に数台だけ、必要があればバルの電話を使わせてもらう。

暖房は薪を割って暖炉で燃やす。パチパチと弾ける音と

薪の燃える香に癒される。

ミルクも野菜も肉も近所で分け合う安心安全な地産地消だ。

 

村に一軒のバルは人々のコミュニティを形成し全ての情報が

集まっている。お菓子、生ハム、パンにチーズはここで手に入る。

日曜日に礼拝し、月曜から金曜まで農作業に従事する。

外からの情報は頼りない電波で時々途切れる事もあるラジオが頼りだ。

 

・・・そんな何にもない「場」に早く住みたい。

ここで人生を終えたい。と切に語る下宿屋の夫婦。

 

不便こそ生きがいを生み、多くの「困った」は

知恵と工夫を生み出す遣り甲斐となると教えてくれた。

当時は退屈でやる事がない「その場」を持て余していたが

・・・40年後に「なるほど」

・・・不便こそ最高に愉しめる事だと理解する。

 

 

「経営感を養う」  

「経営感を養う」    2017年12月号

 

僅か2名の福岡営業所に入社した会社が現在グループ全体で

1万名を超える東証一部の大企業に成長しました。

そのプロセスをバイトから役員で退任するまで、3名9坪の

事務所から4000名の規模まで実践してきました。

その成長はトップの”経営感”にありました。

重要な事は100を知る事ではなく

1の気づきで100+α を予測する事

です。

 

・数値の「変化」と「継続する無変化」

・現場の空気感、

・世の中の動きを肌感覚でイメージする

 

それは多くの失敗と言う経験と様々な「違い」を知る事で

身に着ける事が出来ます。

 

「想定外」と言う言葉はもうビジネスでは通用しません。

 

全ての事を予測できるイメージ能力を身に付ける経営感こそが

勝ち(価値)残る事になります。

 

というコメントを事業構想大学院大学の広報誌に寄稿しました。

 

 

私が前職のエイチ・アイ・エスに入社出来たのは、僅か本社の人員

を含めて25名と言う小さな会社だったからです。その小さな会社

の生まれたばかりの福岡営業所にアルバイトとして入社しました。

 

あれから約35年。

 

在職した22年間の間、師である澤田さんの背中を追いかけ、追い

付けずに退職いたしました。

 

しかし、師から学んだ経営に対する姿勢と感覚、ここで言う

経営感”は大いに役にたっています。

 

もちろん、今の様に大企業に成長するにはこれだけではなく、

具体的な戦略や戦術も含めたテクニカル的な事も必要です。

 

しかし、未来を予測し危機とチャンスを感じ取る力は抜群の

センスを持っていました。

 

また、そのタイミングを逃すことなく実行する力は

凄まじいエネルギーが必要です。

 

経営感”と何が何でもやるという実行力がシンクロして初めて

可能となるのです。

 

その師に学び実践してきた経験とエネルギーを爆発させます。

 

 

来年、東京に続き大阪・福岡に開校する事業構想大学院大学の

福岡校の客員教授として講義を行います。

ポテンシャル高い受講生の皆さまに「未来を切り開く逞しい

経営人」となるべく、しっかり育成する事を目的に大いに

楽しみたいと思っています。

 

事業構想大学院大学のご案内は

https://www.mpd.ac.jp/lp/fukuoka/ 

のHPで閲覧できます。

 

 

「理想郷」  

「理想郷」    2017年11月号

 

3泊6日の駆け足で3人を引きつれてイタリアに行ってきた。

大きな目的は「ブランド」の意味と意義と圧倒的な存在感を

肌身で知る事。

・・・もう一つ、現在、世界遺産となっている「村」を

訪ねる事だった。

 

その村とはミラノから車で約1時間弱のロンバルディア州

ベルガモ県カプリアーテ・サン・ジェルヴァージオと言う

コムーネ(共同体)にある労働者の為に造られたものである。

 

イタリア語では「Crespi d‘Adda」=

「アッダ川のクレスピ」を意味する。その名の通り19世紀の

企業家クリストフォロ・べニーニョ・クレスピがアッダ川と

ブレンボ川が合流する三角州に建設したものである。

 

そもそも、なぜ、企業家クレスピは労働者の為の理想郷を

造ったのか?

 

・・・様々な資料やイタリア人の友人から聞き取ると、

18世紀後半にイギリスを起点として産業革命が世界各地へ

広がり、そこで起こった労働者と資本家との激しい対立が起因で

あることが分かった。

資本家=「持てる物」と、「持たざる者」=労働者、の対立が

深刻な経済問題となり、持たざる者である労働者階級の貧困が進み

社会に根を張り治安も悪化し、大きな社会不安を創り出したと

考えたクレスピさんは、「よし!労使対立がなく、働く人が

生き生きと楽しく生活出来る町を創ろう!」と決心したのである。

 

18世紀の後半に紡績工場を造り、そこに先ずは電力確保のための

水力発電所を造った。

エコなエネルギーで街を汚さず、環境を重視することで

労働者の健康面・精神面を整え、効率的な導線管理・先進的な

装置導入により近代的な設備を導入し生産性を高めるだけではなく、

安全衛生に於いても労働者配慮を忘れなかった。

 

・・・町を歩くと共同の入浴場を見る事が出来た。

仕事で汚れた身体・疲れた体を癒したのであろう。

 

更に、クレスピは働く環境だけではなく、生活する場も整備した

のである。家庭菜園がある一戸建ての家・学校・病院・そして

教会を造る事で生活環境も整えたのである。

そのころ、世界各地では急激な工業化の波で労働争議が

勃発していたが、クレスピ村では50年間に渡り一度も

起きなかった。

 

・・・1929年に起こった世界大恐慌の荒波に揉まれた時代も

一人も解雇せずに、細々と事業を続けたが終に倒産してしまった。

今は人手に渡り、工場は閉鎖されているが、今でも住宅には、

当時の労働者の子孫が幾人か住み続けている。

 

資本主義世界のユートピアを造りあげたクレスピ。

その村は美しい並木通りに面して工場群の建物と一戸建ての住宅が

配列されている。

・・・通りを抜ける風は肌寒くもなく、心地良かった。

働く人が不幸な会社は長続きしない。

大恐慌には負けてしまったが、当時の彼らの幸せな風は

今も吹き続けている。

 

 

「想像力」  

「想像力」   2017年10月号

 

想像力の欠如が取るに足りない小さな出来事をも重大な問題に

変えてしまう。また、目の前のチャンスも失ってしまう。

 

長年連れ添った女房の性格や気性を知っているのに、

余計な一言が招く沈鬱な時間。

 

言わなきゃ良かった。いやぁ、もっと違う言葉で言えば良かった。

 

そうじゃない!

 

先ずは、「ごめんなさい。」だった。

 

反省しても後の祭りだ。

 

怒りを買えば、静まるのもじっと待つしかないのだ。

 

 

瞬間の言葉のやり取りや出来事に、瞬間的に想像力を発揮して

対応するのは難しい。心通じた身内でも感情が先に立ってしまう。

ましてや、会社ではどうだろう? 

 

上司や部下、同期や後輩・先輩に対しても不用意な発言で気まずく

なってないだろうか? 

 

あるいは取引先やお客さまに対しての対応も想像力の欠如で

相手の怒りが高まってしまい、大きな問題に発展しているのでは

ないだろうか?

 

成功事例は必要ない。

 

失敗の経験が沢山あるはずなのに、多くのケーススタディがあるはず

なのに。研修も受けたのに。

 

全ては、想像力を発揮出来ない自分の落ち度が招くのだ。

 

先ずは落ち着いて、少しだけペースを落として、現状に対して

どの様な対応をするべきか考えなくてはいけない。

 

・・・ダイビングに似ている。

 

ダイバーにとって、一番怖いのはパニックになることである。

初心者の頃はマスクに水が入った。

耳抜きが上手く出来ない。

ボンベの空気がなくなる。

潮流が激しく流されそうだ。

 

・・・そんな時は、ゆっくり長―く息を吐く、吐く。

そしてゆっくり息を吸う。

そうすると自然と落ち着いてくる。

そうなれば、対処の方法が浮かんでくる。

 

例えダウンカレント(下に引き込む流れ)に入り込んでも、

よし、こんな時はBCに少し空気を入れて横に逃げれば大丈夫。

と対処できる。

 

国会での代議士先生達の失言や暴言。

営業先でのセールストーク。

クレーム対応。

 

上手くいく方法を考える前に、相手は何を求めているのか? 

何が相手の尊厳を傷つけてしまうのか? 

どうすれば満足度を高められるのか?

 

・・・ゆっくり考えてみよう。

 

親も先生も上司も社長も間違うこともあれば、忘れる事もある。

今の状況をしっかり鑑みて何を優先すべきかを考えてみる。

自分の拘りや勝手なプライドで優先すべき事を後回しにしては

いけない。

 

どうすれば出来るか?

 

どうやれば目的を達成できるかを考えてみる。

 

言われてないから、聴いてないから、指示されたから、

で、止めてはいけない。

 

今、やるべきことは何か?を考えてみる。想像してみる。

その上で、判断を仰いで行動すれば良い。

 

経営者も世の中の動きを常に見なくてはいけない。

現状の分析・過去のプロセスの積み重ねられた情報・状況を鑑みて

未来を予測する。

一つではなく幾つかの未来を予測する。

自分とは考えの違う人の話も訊いてみる。

想定外の悲劇は想像力の欠場が生む。

ブームやトレンド・国際情勢や経済状況、環境や天候も含めて

教養を高めて知性を高める。

更に「創造」の感性を磨いていかなければならない。